カインの末裔とセツの末裔

カインの末裔』というのは有島武郎の書いた有名な小説のタイトルになっている。有島武郎内村鑑三らの影響を受けて、一時信仰を持つが、ほどなく信仰から離れ、最終的には人妻と心中する。


。。カインというのは、アダムとエバの長男。人類初のこどもである。
エバがカインを産んだとき「私は、主によってひとりの男子を得た」と言っているが、この「得た」がカイン「得る(カーナー)」の意味である。


Cassutoという、ユダヤ人の創世記注解者の第一人者がいるが、彼は、このエバの言葉を、「私は主と同じように、男子を作った」の意味であると考えている(ヘブル語 et adnai が論点)。
この「男子」(イシュ)は青年男子に使うことばで、こどもには使わない。これは、アダムが助け手として女性を与えられたとき、「男(イシュ)からとられたからこれを女(イシャ)と名付けよう」と語ったことに対応していると思われる。
Cassutoが正しければ、エバは神に対し、あるいはアダムに対して、自分が劣っていないこと−自分が神と同じように、ひとりの男を生み出した、という自負心を、この言葉は表していることになる(罪を犯した後のエバに対して、神は「夫を恋い慕うが、彼は、あなたを支配する」と宣言し、夫婦関係のバランスが崩れることを語っているが、この背景もカインを産んだときのエバの心境を理解する助けになると思う)。


いずれにしてもエバは、神から「与えられた」と言うのでなく、「私は得た」(カニティ)と語っている。


それに対して、次男のアベルに関しては、「彼女は、それからまた、弟アベルを産んだ」ととても簡潔に書かれるのみで、エバの言葉も何も書かれていない。


アベルは「霧」「息」などの意味で、非常にはかないことを表す言葉。伝道者の書にある「空の空」もアベル


アベルは神に対して非常に敬虔だったが、自分よりもアベルが神に認められたことで、カインは怒りアベルを殺してしまう。
そして、カインはその罪のためにその地を追放される。




その後、エバは三男を出産する。「彼女は男の子を産み、その子をセツとと名づけて言った。『カインがアベルを殺したので、彼の代わりに、神は私にもうひとりの子を授けられたから」(創世記4:25)
セツは、「授けられた」と語られているように、「備える」「置く」という意味。
カインの時と違い、三男は神に備えられたと、神の主権をエバは認めている。


その後、創世記5章にこのセツの系図が書かれているが、これは実は4章17節にはじまるカインの系図との対応関係がある。

<カインの系図

カイン−妻
    ↓
   エノク−妻
       ↓
      イラデ−妻
          ↓
        メフヤエル−妻
               ↓
            メトシャエル−妻
                    ↓
           妻(アダ)− レメク − 妻(ツィラ)
                 ↓      ↓
            ヤバル/ユバル  トバル・カイン/ナアマ



カインは町を立て、その町の名を自分の子にちなんでエノクと付ける。エノクの意味は「献身」。この系図の人物が、文化発展に献身したことを象徴しているよう。当時の町の定義は、壁・城壁で守られた場所。その他「天幕に住む者の先祖」「家畜を飼う者の先祖」(ヤバル)、「立琴と笛を巧みに奏する者の先祖」(ユバル)、「青銅と鉄のあらゆる用具の鍛冶屋」(トバル・カイン)と、文化・文明の発展の祖であることがわかる。
レメクの4人の子供のうち、ヤバル/ユバル/トバル・カインの三人は、ユブルという一つのヘブル語の言葉から派生している。ユブルは「生産する、生み出す」の意味。
その中でも「トバル・カイン」と名づけたのは、カインの暴力的性格を受け継ぎ、それ以上の者となることを期待してと考えられる。


レメクが二人の妻を持ち、その妻たちに「私の受けた傷のためには、ひとりの人を、私の受けた打ち傷のためには、ひとりの若者を殺した。カインに七倍の復讐があれば、レメクには七十七倍」と、神の報復以上の報復を、自分の力によって与えると語り、暴力によって解決するカインの罪を増長させている。
このカインの系図は、神なしに、いかに人間が力強く、楽しく生きていくか、その文化形成・発展が書かれている
(文化・文明がすべて悪だとは言わないが、神の栄光を表すべき人の能力〔一般恩寵〕を、神を排除するために用いるのが人間の現実・罪の性質であると考える − 現代の諸学問(心理学・歴史学・その他諸科学)に通じる)。
この意味で、現代の私たちも”カインの末裔”である。
結果的に、この後の洪水によって、その文化・文明とともに滅ぼされることになる。


<セツの系図

 セツ−妻
    ↓
   エノシュ−妻
        ↓
       ケナン−妻
           ↓
        マハラルエル−妻
                 ↓
                エレデ−妻
                    ↓
                   エノク−妻
                       ↓
                     メトシェラ−妻
                           ↓
                           ノア−妻
                              ↓
                          セム/ハム/ヤペテ

セツの子エノシュの名前は「弱い人間」を表す言葉。
詩篇9篇20節「主よ。彼らに恐れを起こさせてください。 おのれが、ただ、人間にすぎないことを」
詩篇103篇15節「人の齢(よわい)は草のごとく、その栄えは野の花にひとしい」
この詩篇の中の「人間」「人」がヘブル語で「エノシュ」。
このとき、「人々は主の御名によって祈ることを始めた」(4:26)というのも、カインの系図と対照的に、自らの力でなく、神に頼る姿を示している。


セツの系図にも、「エノク」が登場する。しかし、カインの子とは違い、「神とともに歩む」(5:24)ことに献身的だったのだろう。
アダムから数えて、カインの系譜7代目は神から最も離れたレメク。それに対して、セツの系譜7代目は、神とともに歩んだエノク。レメクは自分の死を恐れて、自分を傷つける者には77倍の復讐をする、と語ったが、死をまぬがれることは出来ず、神と共に歩んだエノクは死を見ることがなかった。



。。長文となってしまった。
この二つの系図から、今の時代を見、また、自分の姿を顧みることが出来る人はさいわいだと思う。。